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東京地方裁判所 平成10年(ワ)70487号 判決 1999年5月27日

全事件原告

丙谷一郎

右訴訟代理人弁護士

丁川二郎

平成一〇年(ワ)第七〇四八六号事件被告

デーシーエスケミカル株式会社

右代表者代表取締役

関根幸男

平成一〇年(ワ)第七〇四八七号事件被告

日本タイヤビル株式会社

右代表者代表取締役

小森谷弥一

平成一〇年(ワ)第七〇五七八号事件被告

ダイリン株式会社

右代表者代表取締役

西沢照雄

右三名訴訟代理人弁護士

西林経博

右被告三名補助参加人

株式会社ファルケン関東

右代表者代表取締役

上田一男

右訴訟代理人弁護士

森下国彦

左高健一

高橋玲路

主文

一  東京地方裁判所平成一〇年(手ワ)第一七〇四号約束手形金請求事件について同裁判所が平成一〇年一一月一一日に言い渡した手形判決を取り消す。

二  東京地方裁判所平成一〇年(手ワ)第一七〇五号約束手形金請求事件について同裁判所が平成一〇年一一月一一日に言い渡した手形判決を取り消す。

三  東京地方裁判所平成一〇年(手ワ)第二二三六号約束手形金請求事件について同裁判所が平成一〇年一二月二五日に言い渡した手形判決を取り消す。

四  原告の請求のいずれも棄却する。

五  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  平成一〇年(ワ)第七〇四八六号事件

同事件被告は同事件原告に対し、金五四一万二三三九円及び内金三二〇万四八一九円に対する平成一〇年六月一〇日から、内金二二〇万七五二〇円に対する平成一〇年七月一〇日から各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  平成一〇年(ワ)第七〇四八七号事件

同事件被告は同事件原告に対し、金四五五万六四五〇円及び内金一五五万六四五〇円に対する平成一〇年六月七日から、内金三〇〇万円に対する平成一〇年七月七日から各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  平成一〇年(ワ)第七〇五七八号事件

同事件被告は同事件原告に対し、金一四八万七五九四円及びこれに対する平成一〇年七月三一日から各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件各事件は、本件各事件原告(以下「原告」という。)が本件各事件被告(以下「被告ら」という。)に対し、別紙手形目録1ないし6記載の約束手形五通(以下、同目録記載1の約束手形を「本件手形1」、同目録記載2の約束手形を「本件手形2」、同目録記載3の約束手形を「本件手形3」、同目録記載4の約束手形を「本件手形4」、同目録記載5の約束手形を「本件手形5」、同目録記載6の約束手形を「本件手形6」と、六通合わせて「本件各手形」と表記する。)の手形金と満期からの手形法所定の利息の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実(請求原因)

1  原告は、本件各手形を所持している。

2  被告らは、本件各手形(別紙手形目録に各被告が振出人として記載されている手形)を振り出した。

3  本件各手形は、支払呈示期間内に支払場所に呈示された。

二  争点(抗弁)

本件各手形は、補助参加人が被告らから振出交付を受けて保管中、平成一〇年四月五日に盗難にあったものであり、盗難後に本件各手形を取得した者は、原告を含めて、すべて悪意又は重大な過失によってこれを取得したか否かである。

第三  争点に対する判断

一  証拠(甲一ないし五の各1ないし3、六、八ないし一〇、戊一ないし四、九、一〇、一四ないし二〇、二一の1ないし59、二二、原告本人)によれば、次の事実が認められる。

1  本件各手形は、補助参加人が取引先である被告らから製品販売代金の支払のために振出交付を受けて保管していたところ、平成一〇年四月四日午後九時頃から同月六日午前七時五〇分頃までの間に、補助参加人の事務所に侵入した何者かによって、他の約束手形四三四通、現金、株券等とともに盗難にあったものである。

2  右盗難後、何者かが偽造印章を用いて、本件各手形の第一裏書欄に補助参加人名義の裏書を偽造して、本件各手形を流通に置いた。

3  本件手形1、本件手形2及び本件手形4の各第二裏書人欄には裏書人として「一ツ橋物産株式会社 中村舜次郎」の記名押印がなされ、本件手形3、本件手形5及び本件手形6の各第二裏書人欄には裏書人として「一ツ橋物産株式会社代表取締役中村舜次郎」の記名押印がなされている。

しかし、一ツ橋物産株式会社(以下「一ツ橋物産」という。)は、商業登記簿上存在せず、また、本件各手形上の住所である「新潟県新潟市下大川通二ノ町<番地略>」(万代橋ビルディング)にも平成一〇年一〇月四日現在営業の形跡や中村舜次郎(以下「中村」という。)の居住の形跡はない。

中村は、平成七年一二月、新潟県新潟市月見町<番地略>に所在するマンション「イストワール」の三〇三号室を佐藤重次(以下「佐藤」という。)から賃借して入居し、当初一年間は家賃を滞りなく支払っていたが、その後は滞納がちとなり、平成九年八月頃突然行方不明になるなどしたことから、佐藤は中村に対して明渡を請求し、中村は、平成一〇年四月、佐藤に対し三〇三号室を明け渡した。佐藤は、中村から同人の転居先を知らされておらず、中村の現在の所在は不明である。

4  補助参加人が盗難に遭った約束手形の内、盗難後に「一ツ橋物産株式会社代表取締役中村舜次郎」、「一ツ橋物産株式会社 中村舜次郎」の裏書がなされたものは八八通(本件各手形を含む。)存在し、これらの額面金額の合計は約八〇〇〇万円にものぼる。

5  原告は、肩書住所地で妻と二人で精肉業を営んでおり、現在の年商は四〇〇万ないし五〇〇万円である。原告の妻は、精肉業の傍ら貸金業も営んでいる。

原告は、従前からの知り合いである横山鉱吉(以下「横山」という。)に対し、平成七年頃に一〇〇〇万円、平成八年頃に一〇〇〇万円、平成九年頃に一〇〇〇万円、合計三〇〇〇万円を融資したが、当初いずれも一か月以内位に返済するという約定であったのに返済されず、繰り返し返済を督促したところ、横山は、芹澤強(以下「芹澤」という。)に対して五五〇万円の貸金債権を有しているので、横山の右三〇〇〇万円の債務のうち五五〇万円については芹澤に肩代りさせる旨の申入れをなし、原告はこれを承諾した。

6  原告は、従前、芹澤との面識はなく、芹澤が新潟県西蒲原郡岩室村の村会議員であり、土建業者であるとの認識を持つにすぎなかった。

なお、原告は、芹澤自身あるいは横山から芹澤が新潟土木建設事業協同組合の理事長を兼務している旨の紹介を受けた。

7  原告は、平成九年一〇月頃、芹澤から五五〇万円の借用証書(甲八)を受け取り、横山に対する三〇〇〇万円の貸金債権のうち五五〇万円については芹澤に対する貸付金として処理した。その際、芹澤との間で、弁済期について明確な取決めはせず、芹澤は、原告に対し、すぐに返済するとして額面五〇〇万円の手形や小切手を交付したが、原告がそれらを取立てに出そうとする都度、待って欲しい旨申し入れ、利息として月額一五万円を四、五回手形で支払った。

8  芹澤は、平成一〇年四月二四日、中村とともに原告方を訪れ、原告に対し、中村が第三者から受け取った本件各手形を担保に差し入れるので七五〇万円を貸してもらいたい旨申し込み、原告は、右五五〇万円の貸金債務分も含めて一三〇〇万円の債務の担保として右手形を差し入れること、貸金合計一三〇〇万円を同年五月一五日までに返済すること、芹澤が代表理事を務める新潟土木建設事業協同組合が連帯保証することを条件に、芹澤に対して七五〇万円を貸し付けた。

原告は、右手形六通を担保として受け取る際、三枚の手形(本件手形1、本件手続2、本件手形5)については芹澤に裏書させたが、残りの三枚の手形(本件手形3、本件手形4、本件手形6)については、芹澤が「中村が第三者から割引を受けることにより現金化できるので、裏書しないでおきたい。」旨主張したため、芹澤に裏書させることなく取得した。

9  原告は、中村とは初対面であったが、中村を同行した芹澤から中村の職業や経歴、芹澤との関係についての説明を受けることもなく、中村自身から海産物の輸入業を営んでいるとの自己紹介を受けたのみで、住所や電話番号などの連絡先も知らされなかった。原告は、中村の芹澤に対する態度などから、中村は芹澤に顎で使われている問題外の人物であるとの印象を持った。

中村は、原告に対し、本件各手形をどのような取引で入手したかについての説明を一切なさず、原告も説明を求めなかった。また、原告は、各振出人、各支払銀行に照会するなどの調査も一切行わなかった。

10  原告が本件各手形を芹澤から受け取った当時、本件各手形の第二裏書欄にはいずれも裏書人として「一ツ橋物産株式会社 中村舜次郎」との記名がなされ、記名下に「中村」の押印がされており、右各裏書が中村個人によりなされたものであるのか一ツ橋物産によりなされたものであるのか不明な記載になっていた。

原告が、本件各手形を取立てのために銀行に交付した後、銀行担当者から一ツ橋物産の「代表取締役」の記載が欠缺している旨指摘され、本件各手形の返還を受けて、芹澤に依頼して「代表取締役」と刻印されたゴム印を押印させたが、芹澤は一部の手形については押印することを失念した。

11  芹澤は、平成一〇年五月頃、白血病で入院し、同月一五日までに原告に対する貸金の返済はなされなかった。そこで、原告は、芹澤の入院先の病院に同人を訪ねて説明を求めたところ、芹澤は、原告に対し、新潟土木建設事業協同組合が手形不渡を出して倒産し、芹澤個人も返済の目処が立たないこと、中村や中村が代表者取締役を務める一ツ橋物産も全く資力がないことを説明した。

また、原告は、本件各手形が不渡となった後、複数の知人から中村には全く資力が無く、いわゆる「食うや食わずの状態」であると聞いた。

12  原告は、芹沢が白血病に罹患していることについて、平成一〇年一月か二月頃、芹澤自身から知らされていた。

芹澤は、同年九月、白血病により死亡した。

二  右認定事実に照らして判断する。

1 本件各手形はいずれも盗難にかかる手形であるところ、中村が本件各手形を含む八八通の盗難手形をいかなる経路で取得したか不明であるが、①中村が代表取締役を務める一ツ橋物産は商業登記もされておらず、営業の実体もない会社であり、中村個人にも資力が無かったことから、額面合計約八〇〇〇万円にものぼる多額、大量の手形が正常な取引により中村のもとに持ち込まれたとは到底考えられないこと、②これらの手形が盗難後、最長二〇日間という短期間の間に中村のもとに持ち込まれたこと、③中村は原告に対して本件各手形の取得経過を一切説明しなかったばかりか、原告に自身の住所や電話番号も明らかにせず、名刺も渡さなかったこと、④中村は、原告が本件各手形を取得して間もなく、所在不明となったこと等を総合すると、中村は本件各手形を悪意で取得したものと推認できるし、また、右事実に照らすと、本件各手形が盗難に遭った後に中村がこれらを取得するまでの間に介在する取得者が存在していたとしても、これらの者もまた悪意の取得者であるということができる。

2 原告は、①中村とは初対面であり、その職業、住所、連絡先も知らされず、中村と芹澤との関係についても一切説明を受けていないこと、②本件各手形のいずれにも「一ツ橋物産株式会社 中村舜次郎」との法人によるのか個人によるのか一見不明の裏書がなされていたこと、③中村に対して「芹澤に顎で使われている問題外の人物」という印象を持ったことなどから、中村が額面合計一〇〇〇万円を超える本件各手形を適法に所持することについて疑念を持って然るべきであり、中村の職業、芹澤との関係、中村が本件各手形を取得した経緯について詳細な説明を求め、中村や一ツ橋物産の前の裏書人とされている補助参加人はもとより場合によっては振出人や支払銀行等にも照会する等して、中村が本件各手形について正当に裏書を受けたか否かを調査すべき注意義務があったのにこれを怠ったのであるから重大な過失があったものといわざるをえない。

3 原告は、本件各手形の権利移転に関して、芹澤が中村から取得したうえで、原告に譲渡したのか、中村が直接原告に譲渡したのか(この場合は芹澤による裏書は隠れた手形保証ということになる。)いずれの趣旨にも取れる極めて曖昧な供述をなすが(原告本人尋問、甲六の陳述書)、仮に前者であるとしても、芹澤は中村や一ツ橋物産に資力がないことについて知悉していたのであるから、中村が本件各手形を適法に所持することについて疑念を持って然るべきであり、中村や一ツ橋物産の前の裏書人とされている補助参加人はもとより場合によっては振出人や支払銀行等にも照会する等して、中村が本件各手形について正当に裏書を受けたか否かを調査すべき注意義務があったのにこれを怠ったのであるから重大な過失があったものといわざるをえないし、原告も右2に記載した事情から、芹澤が中村から本件各手形を正当に裏書を受けたか否かを調査すべき注意義務があったのにこれを怠ったのであるから重大な過失があったものといわざるをえない。

三  以上によれば、本件各手形は、補助参加人が被告らから振出交付を受けて保管中に盗難に遭ったものであり、原告はこれらを所持しているが、盗難後本件各手形を取得した者について、原告を含めていずれも善意取得が成立しないから、原告の被告らに対する本件各請求はいずれも理由がない。

第四  結論

よって、右と結論を異にする主文掲記の各手形判決を取り消し、原告の本件各請求をいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官深見玲子)

別紙手形目録<省略>

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